家族で海外生活をおくる場合、子どもたちの日常生活や学業などのサポートで大きな役割を果たすのは主に母親だ。本コラムでは、海外での生活から帰国後まで、母子がどのように過ごし、手助けして(されて)きたか、帰国生の母親や現在、社会人になっている元帰国生に、体験を聞く。
アメリカでバレエを習い事に、ESL講師を自宅に招き、母子共に英語力アップ
Aさんが夫の赴任に伴ってアメリカのオハイオ州に引っ越したのは、長女が9歳、次女が5歳のとき。その後、約4年間をアメリカで過ごした。
姉妹はそれぞれ現地の小学校と幼稚園に通った。長女のクラスには日本人の児童が一人いて、何かと助けてくれる存在だった。だが、編入当初は慣れない英語の宿題に悩まされた。Aさんが手伝っても夜中までかかることがしばしばあり、長女を先に寝かせて、代わりに宿題を仕上げたこともあった。
一方、次女は登園初日に泣いてしまい、担任の先生から電話をもらった。
「先生は、『私が怖かったのかしら?』と心配してくださったのですが、娘に理由を聞くと、クラスで一人だけ英語で日記を書く課題ができなかったからだと答えました。『初日だし、英語に関してはしかたない』と思う一方で、わざわざ電話をくれた先生の対応に、感激しました。娘は親身な先生のおかげもあって、英語での生活に慣れていったのではないでしょうか」
Aさんは娘たちや自身の英語力を高めようと、ESL(English as a second language)の講師を探し、自宅で指導してもらうことにした。
「姉妹二人で同じスクールバスで学校や幼稚園に通えたこと、そして、アメリカでバレエを習わせたことも、海外生活になじむのに役立ったのだと思います」
長女は日本で5歳のころからバレエのレッスンに通っていた。バレエ講師の指導は非常に厳しかったが幼いながら過酷な練習に耐え、バレエを続けてきた。Aさんは、アメリカでも子どもたちが通えるバレエスクールを探し、長女はバレエを継続、次女はアメリカで初めてバレエを習うことに。次女は後にコンクールに出るほど上達していった。
「バレエはフランス語を主体とする世界共通の用語で指導が行われ、身体を使っておぼえていくもの。当初は英語がよく理解できなかった娘たちですが、レッスンを受けるのに支障はなかったようです」
次第に姉妹とも学校やバレエスクールなどで友達ができ、英語力はみるみる上がった。「帰国する頃には、英語の発音は夫よりも娘たちの方が良くなっていた(笑)」とAさん。
アメリカで家族旅行をする際、予約するのは夫の役割だったのだが、長女が12歳になった頃、夫が「自分の英語よりも通じるだろう」と言い出し、実際、長女に予約の電話をかけてもらったそうだ。
Aさんが苦労したのは車の運転だ。日常的な買い物や習い事への送り迎えなど、生活に欠かせないが、Aさんはいわゆるペーパードライバー歴が長かった。国際免許の有効期限が切れ、アメリカで運転免許をとることにしたのだが、取得試験には何回も落ちた。家の近くで運転の練習をするのに、幼い娘たちを自宅に残しておくわけにはいかない。子どもを車に乗せて、家の前の道路をぐるぐるまわり、自分が車酔いしたこともあるとAさんは笑う。
帰国後は、英会話レッスン受講やインターの夏期プログラムに参加
日本への帰国が決まると、家の近くで開かれる教育フェアへの参加や情報誌などで帰国生入試の情報収集をした。
長女は自宅に近い国立大学付属中学の帰国生対象の随時試験を受験し、中学1年で編入した。帰国生がクラスに何人かいる環境が、日本での学校生活に慣れるのに役立ったようだ。
次女は地元の公立小学校に3年生で編入。次女が渡米前に通った幼稚園時代の同級生がよく手助けをしてくれた。しかし、編入したのは学年の最終学期にあたる3学期。いきなり受けた『まとめテスト』はほとんどできず、当時の苦手科目は国語や理科・社会だったという。
学校での学習を補うため、姉妹ともにアメリカで始めた日本の通信教育を継続し、長女は学習塾に通った。英語に関しては英会話のレッスンに通い、夏にはインターナショナルスクールなどのサマースクールに参加した。次女は小学4年生のときに英検2級を取得しているという。
その後、長女は帰国生が半数以上を占める私立高校に進学後、私立大学の英米文学科を卒業。現在は海外にも拠点を持つ日本のメーカーに勤務し、ときおりアジア圏などへ海外出張に出る日々を送る。
次女は、公立中学から難関公立高校へと進学。現在は理系の私立大学で化学を専攻する。帰国生は多くない大学だがESSサークルに所属し、中心的存在を担う。小学校3年次に帰国したにも関わらず、高い英語力を持っていると知人から言われるという次女は「帰国後、お母さんが英会話やサマースクールに通わせてくれたおかげ」と話しているそうだ。
子育てを終えたAさんは今、幼稚園生や小学生を対象とした英語講師を務めている。正確で流ちょうな英語を話すが、時々、娘たちから発音のチェックを受けることもあるという。そんなAさんは帰国体験を振り返り、こう語る。
「帰国後『帰国生なら、英語はペラペラでしょう』と周りの人から言われるのに、実はそれほどの英語力がないと悩まれる方もいるようです。ですが、英語はあくまでコミュニケーションツールの一つととらえて、あまり悩まず、子ども自身がしっかりしたアイデンティティを育めるよう、手助けしてあげることが大切なのではないかと思います」
(取材/文:橘晶子)