海外の方が深刻な状況と予想される
<前編>からの続き。
先月27日、ナイキジャパングループ合同会社主催のシリーズセミナー『「全ての子どもが自分らしく楽しむスポーツとは」第2回~コロナ禍における子どもを取り巻く運動環境の課題と解決策~』がオンラインにて開催された。千葉工業大学創造工学部体育教室の引原有輝(ひきはら・ゆうき)教授が「子どもの身体活動の課題」についてプレゼンテーションを行い、コロナ禍の影響で子どもたちの体力・運動能力が低下したことや、子どもたちのスクリーンタイム(ゲームやタブレットなどの画面を見る時間)が増えたこと、子どもたちの身体活動を活発にする対策が必要である、といったことが共有された。日々、子どもたちの運動課題と解決策を考えているという引原教授に、海外の状況や保護者へのメッセージを伺った。
――セミナーでは日本のデータをもとに日本の子どもたちの運動についてお話されましたが、海外在住の子どもも同じような状況だと考えられますか?
引原教授:はい、特に海外の先進国のスクリーンタイム、運動・スポーツの実施時間の経年変化については同じ状況か、むしろ深刻な状況であると考えられます。ちなみに、日本国内の子どもの体力レベルは実は世界的にみると高い水準にあります。その理由としては、学校体育での取り組みの成果や、放課後の生活環境の豊かさがあると思います。特に、放課後の生活に目を向けると、公共の遊び場(公園や児童館など)が多いこと、スポーツクラブなど組織的な活動の場が多いこと、そして地域の安全性が高いことなどが相乗的に機能し、海外の事情と比べて身体活動量を保持しやすい状況にあると考えられます。そのため、赴任先の国や地域の生活環境によりますが、日本国内よりも深刻な状況である可能性は十分に考えられます。
一方、幼児期や児童期のスポーツへの関わり方を見ると、日本では欧米諸国と比べて経験するスポーツ種目が少ないこと(スポーツ種目の固定化)がわかっています。欧米諸国のように子ども時代に多くのスポーツ種目を経験することは、子どものスポーツにおいて過度の競技性、専門性を回避することに繋がっていると言えるでしょう。したがって、児童期から思春期にかけての運動・スポーツへの意欲や態度の形成とその持ち越し(継続)状況についても、日本と海外では同じ状況とは言えないでしょう。
子どもたちに外遊びや運動遊びの機会を!
――子どもたちの運動環境の現状を踏まえて、親御さんに向けてのメッセージをいただけますか?
引原教授:子どもの発育、発達に関わる大人(例えば、保護者やスポーツ指導者)には、「知恵を与え過ぎないこと」を意識してほしいと思います。つまり、子どもたちに考えるチャンスを与えてほしいのです。日常での「ふとした疑問への答え」や、スポーツでの「上手くなるコツや方法」などに対して、大人は良かれと思ってすぐに情報(知恵)を与える行動を取ってしまいます。まずは、子どもが「1人で考えてみる」、友だちや親と「一緒に考えてみる」といったスタンスが必要です。
現代の子どもはスポーツの習い事への加入率が高いこともあり、得意なスポーツはするけれど、それ以外のスポーツや外遊びをしようとしても「もう飽きた」「次、何をして遊んでいいかわからない」など、自ら外遊びを展開することのできない場面が目立ちます。それは日頃から自分たちで「遊び」を考え、いつの間にか「名もなき遊び」をするという経験が少ないからでしょう。そのため、すぐに既成のカードゲームやポータブルゲームに落ち着いてしまいます。そこで、ぜひ、保護者は子どもと一緒に外で遊ぶ機会を作ってください。また、スポーツ指導者はスポーツに運動遊びを取り入れてください。子どもが楽しいと思える遊びを自ら考え、友だちと夢中になって遊ぶことは、心身の健全な発達を促すだけでなく、学力などの認知能力の土台となる自己効力感(非認知能力)の獲得にも繋がります。そしてこの遊びの経験知(認知⇒思考⇒行動⇒経験)が、将来のアクティブライフにつながり、多くの恩恵をもたらすと考えて良いでしょう。
お話を伺った方
千葉工業大学
創造工学部 体育教室
引原 有輝(ひきはら・ゆうき)教授
千葉工業大学創造工学部教育センター/同大学大学院工学研究科デザイン科学専攻所属。筑波大学大学院人間総合科学研究科博士(体育科学)を修了後、独立行政法人国立健康・栄養研究所(現・国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所)研究員を経て、2008年に千葉工業大学に着任。専門分野は、発育発達学、健康体力学、行動科学。
写真提供:ナイキ/児童健全育成推進財団
(取材・文/中山恵子)