海外から帰国後は、何かとやることが多くてセンシティブになりがち。けれど大変なときだからこそ、夫婦間や子どもとの絆は深まるもの。今回は、ヨーロッパやアジア、アフリカに家族で滞在した経験のある3名のママが登場。三者三様の、ご主人との関係性と、子どもたちとの関わり方についてお話し下さいました。 ※座談会はコロナ禍前に開催
【帰国子女の母親・座談会メンバー紹介】
Aさん | ベルギーに5年半滞在 |
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小5長男・小2次男現地小学校→帰国後、公立小学校に編入学 |
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Bさん | ドイツに1年半、シンガポールに約4年滞在 |
中3長女ドイツ(未就学)→シンガポール(日本人学校)→帰国後、私立中学校に入学小6次女シンガポール(日本人学校)→帰国後、公立小学校に編入学 |
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Cさん | アフリカなど3カ国、シンガポールに4年滞在 |
小6長女アフリカ(未就学)→シンガポール(現地幼稚園→日本人幼稚園→日本人学校)→帰国後、公立小学校に編入学年長次女シンガポール(日本人幼稚園)→帰国後、幼稚園に途中入園 |
辞令と学齢のタイミングで夫(パパ)と離れて暮らすケースも
Aさん
うちは家族全員でベルギーに行き、家族全員で日本に帰国したんですが、皆さんはどうですか?
Bさん
うちは最後のシンガポール滞在までは家族全員で暮らしていたんですが、長女が私立中学に入学するタイミングで日本に戻ることにしたので、まずは私と娘ふたりで帰国しました。夫はその1年半後に帰ってきました。今は一緒に暮らしています。
Cさん
うちの夫は「基本的に海外勤務」なので、今も、夫だけ海外にいます。
今まで生活した国は4カ国で、1年ほど前に、私と娘ふたりでシンガポールから帰国しました。夫が今いる国は僻地で日本人学校がないので、次の国に移るまでの約2年間は日本で教育を受けさすことにしたんです。
小6の長女も「一度は日本に帰って給食を食べたいし、徒歩で通学もしてみたい」と言っていましたしね。
Aさん
次に行く国は決まっているんですか?
Cさん
それが決まっていないんです。辞令が出るのは本当に急で、突然「来月からはあの国」と言われるんですよ。
でも私と娘たちは夫と一緒に暮らすことが望みなんです。ですから「いざ」というときに備えて、娘たちは日本語を軸に生活しながらも、英語の塾で英語も勉強しています。
夫(パパ)とのコミュニケーションは帰国前後で変わる?
Bさん
Cさんファミリーとはシンガポール時代から親交が深いのですが、本当に素敵なご家族で。ご主人がドーンと構えていらして、どんなことも受け止めてくれる、頼りになるパパなんですよね。
Cさん
確かに少々のことでは動じないですね。娘たちもそんな夫の背中を見て、海外に行く不安を毎回取り除いているようです。
Aさん
Cさん宅は、ご主人がそれだけ頼りになるとしたら、どんなことも相談なさいます?
Cさん
うーん。いや、私と娘たちだけで日本に帰ってからは、よっぽどのことがない限り現地にいる夫に相談事はしないですね。
海外と日本では時差があって気軽に電話でやりとりができないですし、月に半分ほどは出張もあってかなり忙しいみたいで。ですので、身近な問題は近所のママ友に聞いて解決しています。
Aさん
暮らす場所が海外と日本と離れていると、やり取りがなかなか大変ですよね。
Cさん
そうなんです。なので離れて暮らしていたときは、よく「互いの家のリビングにパソコンを置き、テレビ電話をずっと接続しておく」ということをしていました。そうすれば、お互い忙しくても気配を感じられますから。
Bさん
なるほど! Aさん宅はどうですか? コミュニケ―ションはどんな感じで取られています?
Aさん
我が家は物理的に離れることがなかったのと、また私の性格的に夫に何でも話すし感情もすべて伝えています。
それで彼は私の扱い方をわかっているので、常に「僕はキミの応援隊!」と私を持ち上げてくれるという(笑)。
Bさん
そういうご主人も素敵ですね。
うちの夫はというと、とにかくマイペースです(笑)。
長女は帰国生枠で中学受験をしたので、シンガポール滞在中は塾に通って受験勉強を頑張ったのですが、成績に一喜一憂したり、私は心配で仕方なかったですし、4つの学校を受験するたびにシンガポールと日本とを往復したりして大変だったのです。
でも、主人は前向きというか楽観的というか、週末は趣味のスポーツに明け暮れていましたし、どんなときも「大丈夫だよ!」しか言わない笑)。
まあ、最後まで娘に「きっと大丈夫!」と声かけしてくれたことは、不安でいっぱいの私からすると救われましたけどね。
子は親を見て育つ。親が楽しむことが一番大事
Cさん
子どもって親の姿を見て育ちますものね。親が楽しんでいると子どももそうなる。だから海外から日本に帰る際は、まずは親が楽しむことが一番大事のような気がします。
たとえば我が家の場合だと、もし私が「シンガポールに戻りたい」とずっと言っていたら、娘たちもそうなっていたと思うのです。
Bさん
本当にそうですね。私は日本に帰るとき、娘たちには「日本の野菜はおいしいよね。ディズニーランドにも行こうね!」と、楽しいことを伝えていました。
Aさん
私は、まずは子どもの感情を受け入れることを第一に考えました。
帰国することが「嫌だ」と言って泣いたら、「そりゃそうだよね」と寄り添う。そして、そのあとに、「でも、日本に帰れば、食べたかったガリガリくんが食べられるよ」と、喜びそうなことを伝えたり。
帰国してわかったことは、今まで誰よりも前向きに家族を引っ張ってくれていた夫が今の生活を一番残念がっているということ。この間、彼がポツリと漏らしました。「前の生活に一番しがみついているのは、俺かもしれない……」と(笑)。
ベルギーでは毎日家族と一緒に夕飯を食べていたのに、日本は会議が多くて週の半分以上は仕事がらみの飲み会で12時過ぎに帰ってきますから。帰国後は、パパも葛藤があるんですよね。
Bさん
海外へ行くときも、滞在中も、日本に戻るのも、家族にとっては大きな転機。それを経験したからこそ、こんなに絆が強いのかなって時々そう思います。
A・Cさん
それは間違いないですね。
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