巻頭インタビュー

関根勤さん

人の子として親として

タレント 関根麻里さん

バラエティから語学番組まで幅広いジャンルで活躍中の関根麻里さん。今回は、現在一児の母として日々育児にも奔走していらっしゃる麻里さんに、ご自身の子ども時代のお話や現在の子育てについて伺いました。

 

父は年上の友だちよりまるで“弟”でした(笑)

前号(23号)のインタビューで、勤さんは「麻里はよく笑う子でした」とおっしゃっていましたが、振り返ってご自身ではどのような子どもだったと思いますか?

関根麻里(以下、関根)   確かに、父が言う通りでしたね。けれど、それは父が本当によく遊んでくれたからだと思います。とにかくいっぱい笑わせてくれました。私が4歳くらいの頃、父とお風呂に入る時には必ず脱衣所で「ケツケツダンス」という踊りをする習慣があって(笑)。脱衣所でちょうど顔の位置にある父のお尻を太鼓みたいに叩くんです。それで、二人そろってゲラゲラ笑う。母から「そろそろお風呂入りなさいよ」と言われて、ようやく入浴タイムがスタートするんです。寝る時まで父はずっと相手をしてくれて、当時から父がボケて、私がツッコむという図式ができ上っていたと思います。

 

勤さん曰く「僕は麻里にとって、年上の男友だちだった」ということでした。麻里さんにとって勤さんはどのような存在でしたか?

関根    年上!? いやいや、私が中学生の頃には、父は完全に私の“弟”でしたよ(笑)! もちろん父親特有の安心感はありましたけれど、威厳がありすぎて何も相談できないような人ではなくて、なんでも話せる相手でした。そんな遊び担当の父の一方で、母はしつけ担当でしたね。
 でも、父も母も共通して私に何かを強制的にやらせたりすることはありませんでした。習い事も私が「やりたい!」と言って始めたものがほとんど。今でもそうですけれど、とにかく好奇心が旺盛なのは、私のチャレンジに対してはどんなことでも「ダメ」とは言われなかったからだと思います。



インター通学で学んだ人々の「多様性」

年中さんの頃から高校まで、インターナショナルスクールに通っていらっしゃいますよね。

関根    はい。はい。それは英語が話せた母の判断で、母の友人同士で「子どもがお互いに英語でコミュニケーションを取れたらいいよね」と言い始めたのが入学させたきっかけと聞いています。今、心の底から言えますが、インターナショナルスクールに通わせてもらえて、本当に感謝しています。学校の皆は、国籍だけでなくバックグランドや宗教が多彩で、価値観もバラバラでした。そうした違いを、英語でコミュニケーションが取れるようになるに従い、どんどん吸収することができました。そして、子どもの頃から違いを体感することによって、違うことを否定するのではなくて、認識して、更に自分の意見を持つこともできた。すごく成長できた貴重な機会だったと思います。

 

高校を卒業後、アメリカの『エマーソン大学』に進学しようと思われたのも、その経験があったからでしょうか?

関根    そうですね。まず、実家暮らしでしたから「そろそろ親元を離れたいなぁ」とは思っていたのですが、もっと英語を通したコミュニケーションを勉強してみたいと思ったのが留学を決めた理由です。インターナショナルスクール時代に学んだように、コミュニケーションって、人と人をつなぐものですし、それってひいては会社と会社、国と国をつなげることにも通ずると思ったんです。『エマーソン大学』を選んだのは、一年生の時から専門的なプログラムを受けることができたから。それに、入学前に春休みを利用して行ったキャンパスツアーで、ガイドをしてくれた在学生の顔が本当に生き生きとしていたんです。もうそれが決定打。彼の目を見たら「絶対ここはいい学校だ!」と思えて、ビビビと来てしまいました。

 

はじめてのひとり立ちと留学時代の学び

大学時代はどのような学生生活を送りましたか?

関根    入学する時には特に将来の夢はなくて、在学中も勉強に励んだり、夏休み中は一時帰国してマーケティングのインターンをしていたこともあります。あの時は満員電車の銀座線で通勤していて、出勤ラッシュの大変さを少しだけ味わいました。
 学生時代の思い出といえばもうひとつ、寮生活です。入学して最初は二人部屋の寮にブラジル人の女の子と住んでいました。私は一人っ子でしたから、一人の時間に慣れていたんですが、そのルームメイトがとにかく明るくて社交的で。友だちも多くて、部屋に帰る度に知らない人がいるんです。最初はそんな状況に戸惑うこともあったのですが、でも一人になりたいなら図書館やカフェに行けばいい。あの時、「自分の環境は自分の力でコントロールする」という力や、「考え方次第でいろいろなことが楽になるんだ」という思考が身に付いたと思います。それに、彼女のおかげでたくさんの友だちもできました。寮生活で得たものは多いです。

 

そこから、どのような経緯で芸能界の道に進もうと思ったのでしょうか。

関根    留学を通して違う文化の中で生活をして、刺激を得た経験がありましたから、その体験をもっといろいろな人に伝えたいと思ったんです。そこで憧れたのが『世界ふしぎ発見』のミステリーハンター。芸能界に興味をもったきっかけは、そのミステリーハンターのような仕事がしたいと思ったからでした。結局、ミステリーハンターをすることはなかったのですが、今の仕事を通じていろいろな人に出会えていますから、やりたかった夢は叶っていると思います。



娘の意思を尊重した子育てがしたいです

2014年にはご結婚されて、今ではもうじき2歳のお子さんの子育てに奮闘していらっしゃると聞きます。初めての子育てを経験されて、いかがでしょうか?

関根    もう右も左もわからず、毎日がハプニングの連続です。夫は既に「子どもが可愛すぎてしっかりと叱れる自信がない」なんて弱気なことを言っているんですけれど、それくらい溺愛していて、親、そして祖父母そろって親バカです!



ご両親の子育てで参考にしていらっしゃることはありますか?

関根    やはり私も父のように常に笑顔で接するようにしています。「人生はこんなに楽しいんだよ」ということを、娘には伝えてあげたいです。
 それに、夫も私も、互いの両親のように、娘本人の意思を尊重した子育てがしたいねと言っています。彼女がやりたいことは、できるだけ叶えたいです。そして、視野を広げてあげられるようなチャンスをつくってあげたいですね。とはいえ、これからどんな進路を進ませたいかといった具体的な話はまったく考える余裕がない!ぜひ私も新米ママとして、いろいろなママさんたちのご意見をお聞きしたいです。

 

なるほど。では最後に、読者の皆さんのお子さんたちへ“海外生活経験者”として麻里さんから一言、メッセージをお願いできますか。

関根    今振り返ると、海外にいる時間は私にとって宝物だったと思います。日本に帰って来たからこそわかりますが、そこでしかできない経験って思った以上にたくさんあるんですよね。だからこそ、帰って来て後悔しないように、できるだけたくさんのことを経験してほしい。そして、少しでも興味があることにはぜひチャレンジしてほしいですね。

※ 2017年 7月 インタビュー

 
関根勤さん 一問一答