帰国体験記 先輩からのメッセージ

Vol.81
Vol.81

言葉の橋渡しを通じて社会に役に立つ道を模索中

M・Sさん(18歳)
東京大学文科稽燹1年

滞在期間&滞在場所
【シンガポール】
2(8月)〜7歳(G2/7月):
インターナショナルスクール →
【日本】
7(小2/7月)〜14歳(中2/7月):
公立小学校〜私立中学校 →
【アメリカ(NY州)】
14(G9/6月)〜17歳(G11※G12スキップ/7月):
現地校 →
【日本】
18歳(4月)〜:国立大

言語の壁を感じた二度目の海外渡航

 M・Sさんが初めて海外で暮らすことになったのは自身が2歳の時。父親の転勤でシンガポールに移ることとなった。現地の標準語は英語だが、言語に苦労した記憶は特にないという。

「渡航当初から日本人が経営しているインターナショナル幼稚園に通い、英語、日本語の両方を学べる環境にいたからです。また、そのおかげで、帰国後もスムーズに日本の学習環境に入り込めました」

 帰国後は東京の公立小学校に編入し、受験をして私立中学校に通っていたが、中2のときにアメリカへの転居が決まった。言語に関しては、1度目の海外渡航とは少々勝手が違った。

「いざもう一度、英語圏で暮らすとなると、自分の英語力、特に読む力と話す力に自信が持てませんでした。ですが、自分の力を試したかったので日本人学校ではなく現地校に通うことに。通い始めた当初は同級生の会話はスラング満載で、聞き取るのに苦労しました。そのため、好きなディズニー映画を英語で見たり、基礎からコツコツと勉強していました」

 

帰国後は予備校でみっちりと論文対策

 地道な努力が実を結び、しだいに現地校生活を謳歌。さらに、溢れるチャレンジ精神と向学心で優秀な成績を納め、最終学年は飛び級することに。卒業後は、海外ではなく日本の大学の受験を決意した。理由は「将来は日本で働きたいから」。

 「小〜中学校の多感な時期を日本で過ごしたからかもしれませんが、大人になったら日本で暮らしたいと思いました。進学して学びたいと思ったのは、アメリカ文学。もともと読書が好きで、現地校でアメリカ文学の授業を受けた時から興味が湧き、より深掘りしたくなったんです」

 現地校を卒業後、父親の仕事の都合とはスケジュールが合わず、単身で帰国。家族が帰ってくるまでの約半年間、東京で一人暮らしをしながら『駿台国際教育センター』に通い、受験の準備に専念した。

 「駿台国際教育センターでは小論文の対策をメインに勉強。日本語で自論を展開することに徐々に慣れていくことができました。また、知識の乏しかった日本国内の歴史や社会問題に関しても、通ったおかげで十分な対策が打てたと思います」

 結果、見事『東京大学』に現役合格し、現在は翻訳論の授業などで日々新鮮な学びを得ているという。

 「英語と日本語では文章を組み立てるロジックが全く違うので、難しくはありますが、限られた文字数の中でいかに原文の意図や雰囲気を変えずに表現するか、ということに非常に関心があります。将来は翻訳家をはじめ、文学に関わる仕事がしたいと思っています」

 
M・Sさん