帰国体験記 先輩からのメッセージ

Vol.58
Vol.58

世界に誇れる日本のため教育から変えていきたい

A.Sさん(22 歳)
同志社大学
グローバル・コミュニケーション学部 4年
滞在期間
9歳(2カ月だけG3、その後G4※4月〜)〜13歳(G7 ※〜7月)現地校
滞在場所
アメリカ(ミシガン州)

 

帰国後に知ったのは自分の英語力不足

 5年間の滞在予定でアメリカに渡った約2年後、思いがけない理由で約1年後の帰国が決まった。

「母に大きな病気が見つかったのです(現在は完治)。手術などの治療を経て約1年後、容態も安定したので帰ってきました。ですので、帰国前の心境としては仲良くなった友人と別れるのが残念な反面、ほっと安心もしていました。」


 帰国後は、帰国生を数多く受け入れる中高一貫校『同志社国際中学校』に9月から編入学した。

「もともと住んでいたのは千葉県だったのですが、父の会社の配慮で母の実家の関西に帰ることになり、そこから通える学校を調査。そうしたら、この学校は父の出身大学系列でもあるし、すごく国際的で最高じゃないかと(笑)。現地校を修了してすぐの7月に編入学試験を受け、9月から通いだしました。」


 結果、高校卒業まで充実した学校生活を過ごした。

「編入仲間も6名ほどいたし、入学前からバスケ部にも入部できたので、学校が始まる9月にはすでに友人が数名できていて、とても心強かったのを覚えています。入学後は、とにかく生徒の自主性を尊重してくれる学校で、校則があるとしたら指定の上靴を踏んじゃいけない程度で(笑)。すごく居心地が良かったです。」


 ただし、ショックを受けたこともあったとか。

「英語力ですね。習熟度別で一番上のクラスに入れたし、結構できるほうだと思っていたんですが、アメリカに10年暮らしていた人などペラペラな人ばかりで…。それからはとにかく必死で努力の毎日。滞在中よりも帰国後のほうが英語力は伸びましたね。」

 

2度目のアメリカで日本の教育を考えた

 卒業後は、『同志社大学』のグローバル・コミュニケーション学部に入学。同学部のカリキュラムで、2年時には『カリフォルニア大学デービス校』に1年間の留学も経験した。

「現地の学生たちと一緒に授業を受け、大変ながらも充実した日々を過ごしていました。でも、アメリカ人の友人たちと接するうちに、日本から来た大半の日本人学生は「日本人同士いつも一緒で、日本語ばかり喋っている」「授業で発言しない」ことに気が付いてしまって…。」


 帰国後、大手教育関連会社に就職を決めたのも、それがきっかけだ。

「世界における日本の立場を根底から支えられるようにするには、グローバル教育をもっとしっかりやる必要があると思ったからです。将来、それに携われれば本望です。」

 

A・Sさん。